DNRって言葉はご存知ですか?
ホームページなどで検索しますと、「治療拒否」という言葉で出てきます。DNRとは「Do not resuscitate 」ということですが、実は「治療拒否」を意味するわけではありません。心肺停止後の蘇生だけを拒否する指示という事です。それ以外の治療(抗生物質治療、不快感や痛みを和らげる治療、輸液、透析、人工呼吸器の使用など)は、必要に応じて提供しなければなりません。
「施設と患者家族の間で取り交わしたDNRは有効でしょうか」
① 老人ホームと家族の間で、「最後は老人ホームで看取って下さい。」
「延命治療は望みません。病院にも搬送しないで下さい。」と書面で約束していた。(入居時)
② しかし在宅医は家族と施設で交わした書類については知らない。
③ 医師は施設のスタッフに救急隊を呼ぶように指示をする。
④ 老人ホームでは患者家族と①の約束をしたから救急隊を呼ばないと言う。
Q:この老人ホームと患者家族との書面の約束は有効か否か
A:無効です。家族が訴えたら、施設側の非となります。
医師は死亡した後でこの書面(延命治療はしません)を見せられました。患者さんは突然死であり、死亡診断書では無く、死体検案書になります。24時間以内に警察に届け出なければならいと老人ホームの職員に説明しても、この書面があるからと、死亡診断書を書いてほしいと言われるそうです。某医師から私の所への質問が来ました。「この施設が交わしたという書面は法律的に有効であるか教えてほしい」という事でした。
DNRガイドラインというものがあります。
(1)患者・家族および直接関係者に指示の内容を
正しく理解してもらうこと
(2)指示決定が
適切な手続きをもってなされるようにすること
(3)指示決定後の患者と家族の権利を保障すること
(4)この指示の医学的、倫理的、
法的正当性を示すこと<
と記されています。
DNRガイドラインには「適切な手続き」「法的正当性」という記述があります。ここでいう適切な手続きとは
本人の法的拘束力のある宣言書が必要とされる。 ということです。
法的拘束力のある宣言書とは日本では「遺言書」ということになるそうです。老人ホームなどで、死亡理由がない、死亡の理由が突然死である場合は異状死という扱いになります。異状死とは1994年5月に策定されたガイドラインに規定されるもので、内因性急性死(病気が原因の突然死)、診療行為に関連した予期しない死亡、原因不明の死亡(孤独死、因果関係の不明な死亡)を包含して広義の異状死と提案しています。
この見解で特徴的なのは、いわゆる合併症による死亡も届け出るべき異状死に含むべきと規定されています。
それでは異状死のガイドラインについても一部抜粋致します。
異状死ガイドライン【5】死因が明らかでない死亡
(1)死体として発見された場合.
(2)一見健康に生活していたひとの予期しない急死.
(3)初診患者が,受診後ごく短時間で死因となる傷病が診断できないまま死亡した場合.
(4)医療機関への受診歴があっても,その疾病により死亡したとは診断できない場合
(最終診療後24時間以内の死亡であっても、診断されている疾病により死亡したとは診断できない場合).
(5)その他、死因が不明な場合.病死か外因死か不明の場合.
上記5点が記述されていました。今回、医師から相談されたケースは(2)の「一見健康に生活していたひとの予期しない急死」という事になります。
先ほども書きましたが医師はDNRを「心肺停止の時に蘇生行為を行わないこと」と考えています。しかし患者、または患者の家族の多くはDNRを重篤な状態、特に植物状態にある時、全ての医療行為を放棄すること、と考えています。
高齢者施設のスタッフは勝手にDNRについて拡大解釈している傾向があります。その結果、医師が亡くなる事を全く予想しないケースにもDNRを適用させようとしています。ホームページなどでDNRについて検索をしたところ、某医師が書いた、以下の文章を見つけました。
「DNRはアメリカという契約社会で生まれたもので、雰囲気で相手の意思を読む日本になじまない点も多く。長いこと病気を患っていれば本人や家族との話でこの先どうして欲しいかわかるし、急病の場合にはDNRの有無に関係なく蘇生を試みるのが我々の使命だろう。不搬送で裁判になり負けた事例も最近報告されている。」
この記事を見て、老人ホームなどでも正しい知識とガイドラインができなければ、今後裁判になるようなケースも増加するのではないかと心配致しました。高齢者施設では異常なほど警察介入を拒むケースがあります。あまりに警察介入を拒むと医師は事件性を感じてしまう事もあります。事件でないのであれば、救急隊から警察を呼んでもらい、検案書を書くという流れは普通の事です。
突然死に対して医師から救急隊を呼ぶように指示された場合は
①必ず救急隊を呼ぶ。
②施設のスタッフが勝手に死亡と判断しない。
③施設のスタッフが死亡と判断しても、救急搬送によって病院で生存する可能性がある。
④救急隊を呼ぶことは普通の事である。
⑤その後、死亡が確認されて警察へ届出になりますが、元々事件で無いのであれば、この流れは普通のことである。
⑥老人の突然死は起こり得る事だからこそ、正しい知識と行動が必要である。
さて、具体的な例を1つあげます。突然死の理由が窒息死だった場合、
(1)「食べ物が詰まった」
(2)「痰が詰まった」
(3)「誰かが故意に窒息させた」
というような3つの事が原因と考えられます。
いずれの理由の場合でも警察は介入します。(3)の場合は刑事事件となりますが。その他の理由の場合は問題なく死体検案書が発行されます。
さて、施設で入居時に取り交わしたというDNRの書類での「延命治療を望まない」という文面ですが、書類作成の時期は施設への入居時です。入居時の健康状態は比較的に元気な状態です。
家族もご本人が元気な時にこのような書類を書く事になりますので、あまり本当の終末期にどうするか明確でない状態で記載することになります。例えば末期のガンの患者さんでも、ご本人、家族共に大抵の場合はその時々で気持が変化します。自宅で最後を看取ると言っていた家族でも、「やっぱり最後は病院で、いや、やっぱり自宅で・・・」というように方向性は定まりません。気持ちが揺れ動くという事は当たり前の事です。療養中の方はその時々で気持が変化します。入所時に取り交わした、「延命治療はしません」という文章を楯に施設のスタッフが死を決めてしまって良いのでしょうか。こういう時に施設のスタッフから出る言葉は「必ず人は死ぬのですよ」「何故死亡診断書が書けないのですか?」「最後の最後に警察介入は家族に偲びない」色々な言葉で医師を説得しようとします。
「延命治療」とはとうキーワードでホームページを検索したところ、検索数は
585,000件ありました。内容については様々ですが、その中から在宅医療に関連しそうな内容を見つけました。
http://www.geocities.jp/songenky/anenmei.html
※外部ページへリンクしていますので、リンク切れの可能性があります。
こちらのホームページを是非ご覧頂きたいのですが、その中の一部を抜粋します。
延命治療ということが話題になるが、この言葉は「意味のない延命治療」という意味で使われることが多い。しかし、実際の医療の現場で、ある治療法が「大切な救命治療」か「意味のない延命治療」かを判断するのは常に難しい問題である。
例えば、食事を取れなくなった高齢者に栄養を点滴することは必要な救命治療か、意味のない延命治療か? さまざまな身体的条件、本人の意思を総合的に判断して決めることになるが、一般的に栄養の補給は必要な救命治療で、意味のない延命治療とは考えられていない。家族が栄養の補給を拒否する場合はごくごくまれなケースである。アメリカで行なわれた、経管栄養を抜去して安楽死を迎えることは、現在の日本では許されていないのが現状と思う。
今回、突然死に関して、書いてみたいと思った原因ですが、実際に突然死などの対応によって先生達の苦悩を見る機会がりました。この先生は他の先生方ともこのケースで死亡診断書を書けるか、書けないか、事後に検討会議をしましたが全員の医師が今回のケースでは死亡診断書は書けないと、話していました。しかしその後、その施設からは契約を解除されました。更にその施設のご利用者様を担当しているケアマネージャーさんはその先生が診ている別の末期がんの患者さんのところへ行き、「あの先生は死亡診断書を書いてくれないから、先生を変えた方がいいよ」と言い回り、営業妨害とも思えるような行為もありました。施設患者の突然死については、
死亡の原因が診療に関わる傷病と関連が無いというケースです。
一方、末期ガンの患者さんはあきらかに死亡した場合の原因が特定できるケースですので、死亡診断書が書けるケースです。
ケアマネージャーさんや介護の現場の方に正しい知識が無いことから、感情的になり、妨害行為のような行動が起こることになってしまいました。今後も老人ホームや施設などでの看取りや突然死などは増加するでしょうが、ヘルパーが行う痰の吸引などについても、法的には未整備です。(実際の現場では行われているようです)高齢者施設も多種多様になってきており、施設での突然死、異状死についても、明確なガイドラインが作られる事を期待しています。
関連法案として下記の医師法によって医師は警察の届出義務がありますので紹介します。
医師法
第20条 医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。
第21条 医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。
一般的には「最終診察後24時間以内でかつ死因が明らかに診療中のものである場合については死亡診断書が作成されます。
それ以外の場合はたとえ病院内で死亡した場合であっても死亡診断書を作成することはできず、医師は死体を検案しなければならない。」とあります。つまり、病院に入院していて医師が診察を続けている状況にあり、死因があきらかである時のものが死亡診断書で、救急などで搬送され死亡が確認された場合、死亡原因を検案した結果書くものが死亡検案書となります。
では在宅医療の患者が24時間以内に診療していない場合、死亡診断書は書けないでしょうか。総ての患者さんについて24時間以内に診療していないからといって、死体検案書を書くわけではありません。
医師が自らの管理下にあると考えていれば「診療継続中の患者」となりますから、死亡診断書を書くことが可能です。医師が死亡の原因を予見できるケースについては死亡診断書を書くことはできます。このような議論は在宅医療を行う医師の中では行われています。これを機会に介護現場の方々も、ご議論頂けますようお願い致します。
老人ホームでは終末期の患者さんと終末期の同意書を結ぶケースは増えて来ています。医療機関にもサインを求められる事があります。老人ホームから作成された同意書では、なかなか医療機関はサインしづらいものが多いです。
「遺言状の効力」
①無用な延命治療は断る」と記載されている
②全文ワープロで打たれている。
③本人の自筆は署名のみ (※2018年に緩和されました)
最近はご本人、ご家族のご希望でいつでも撤回する事ができますという1文が入る事で医療機関もサインしやすくなりました。

【執筆者のご紹介】
中村 哲生(なかむら てつお)
1965年生まれ
医療法人永生会 特別顧問
多くの医療機関の顧問を歴任
開業に関するコンサルは70ヶ所以上
在宅医療に関するDVD
著書「コップの中の医療村」
2017年APECに参加
年間100本ほどの講演を行っている。